第2章 スピリチュアリズムの出発点

……“フォックス家事件”

スピリチュアリズムならびに近代心霊研究は、一八四八年のフォックス家事件ハイズビル事件とも言います)から始まります。その歴史的事件の成り行きは次のようです。

一八四八年、アメリカでのフォックス家事件

米国ニューヨーク州ハイズビルに住むフォックス夫妻には、マーガレット(十一歳)とケート(九歳)という二人の娘がいました。いつの頃からか、夫人と二人の娘は夜になると不思議な物音がすることに気づくようになります。やがてラップ音やノック音がしたり、家具が動いたりするようになります。

一八四八年三月三十一日の晩、前夜の騒音で家中の者が不眠になっていたため、その日は早くから床に入りました。するとまたしてもコツコツと窓を叩く音がします。初めは怖がっていましたが、こうした現象にすっかり慣れてしまった娘の一人が、パチンパチンと指を鳴らして「お化けさん、真似をしてごらん」と言いました。すると同じ数だけ叩く音がします。娘たちは面白がって指鳴らし遊びを始めました。そのとき夫人は、その場の誰にも答えられないような質問をしてみようと思いつきました。そして「私の子ども全員(前夫との子供も含めて)の年齢を上から順番にラップ音で答えてください」と言いました。すると即座に、すべての子どもの年齢が正確に返ってきました。そこで夫人は、「あなたは私の質問に正しい答えをしていますが、あなたは人間ですか?」と尋ねてみました。ラップ音はしません。次に「あなたは霊ですか? もしそうならラップ音を二回鳴らしてください」と言うと、ラップ音が二回します。夫人はさらに質問を続け、「もし傷ついた霊ならラップ音を二回鳴らしてください」と言うと、すぐにラップ音が二回鳴り家全体が振動しました。

この話を聞いて、近所は大騒ぎになりました。そこでドゥラスという人が中心になって、アルファベットを早口で言って、霊に望みの箇所で音を鳴らしてもらおう、ということになりました。それを実際に繰り返し行った結果、とうとう一つの通信文を手にすることになりました。それによると「音を鳴らした霊は、五年前にこの家に泊まって殺されたチャールズ・ロズマという名前の三十一歳の行商人で、五百ドル奪われ地下室に埋められた」というのです。それで翌日、皆で地下室を掘ることになりましたが、途中で水が出たため、いったん作業を中止しました。そしてその年の夏、水の引いた時期を見計らって再び掘り始めると、本当に人間の毛髪と歯と骨が出てきました。

フォックス家事件の意味するもの

以上が事件のあらましですが、ニューヨーク州北部の小さな村で起きたこの出来事は、新聞・雑誌によって全米ばかりでなく海外にも伝えられ、反響を呼び起こしました。その後、フォックス姉妹は何度も新しい家に引っ越しましたが、場所を替えても依然としてラップ音とノック音はついて回りました。しかしそうした現象は、姉妹たちがその場にいなくなると消えてなくなりました。

この事件が、スピリチュアリズムならびに近代心霊研究の発端と言われることになったのは、次のような理由によります。これと似たような怪奇現象はフォックス家に限らず、それ以前にもしばしば見られたことです。しかしこの事件の重要性は、怪奇現象を引き起こしていた何者かに地上側から語りかけ、そこに見事に“通信”が成立した点にあります。しかもその通信内容の“信憑性”が、具体的な証拠によって確認されたのです。

これは、「人間は死んでも個性を持った霊魂として生き続ける」ということの論理的な証明となります。また姉妹がいる時のみ心霊現象が起きるということは、そうした現象を引き起こす何らかの原因を姉妹が持っている、ということを示しています。その原因とは、姉妹たちが特別な体質(霊媒体質)だったということです。フォックス姉妹のような「霊媒体質者」を使用して、霊との通信や心霊現象を引き起こすことが可能になることが明らかにされたのです。

フォックス家事件の影響の拡大と、近代心霊研究の始まり

さて、この事件は、当時の多くの著名な学者・判事・政治家・医者・聖職者などの関心を集め、大きな反響を巻き起こすことになりました。その中でも、ニューヨーク州最高裁判所の判事「J・W・エドマンズ」は、この事件に特別な関心を寄せた一人でした。彼は州議会の議長を歴任したこともある屈指の著名文化人であり、有力な次期大統領候補であったのですが、スピリチュアリズムの真実性を新聞で発表したため、裁判官にはあるまじき行為として激しい非難を浴びることになりました。とうとう「エドマンズ判事は判決のことまで霊に尋ねている……」といった噂さえ立てられるようになり、それを弁明することを試みましたが受け入れられなかったため、潔く判事の職を辞任しました。そして余生を、スピリチュアリズム普及のために捧げました。

フォックス家事件から四年後、一八五二年に最初の“スピリチュアリスト”の集会が、この事件に縁のあるニューヨーク州ロチェスターで開催されました。またニューヨークの新聞編集者ホラス・グリーリーも、フォックス姉妹を訪れて数多くの体験をした後、トリビューン紙上で「姉妹の特殊能力について一切のトリックはなく、信頼できるものである」と述べています。

しかし、世の中には無責任で非道な人間はいるものです。バッファロー大学の六人の科学者は、ラップ音を使った通信は“関節を鳴らして行われた”という一方的な見解を発表しました。その後、二人の姉妹は検証のために何度も裸にされ手足を縛られ泣く泣くクッションの上に立たされましたが、それでもラップ音は発生し続けました。

フォックス家事件がきっかけとなり、霊媒を使って心霊現象を起こし、そのメカニズムを解明したり、霊魂の存在を証明するという心霊研究の道が開かれることになりました。それと同時に霊から通信を受け取ることによって、他界後の世界の様子を探索していく道も開かれることになったのです。

――その後のスピリチュアリズムの発展によって、フォックス家事件のメカニズムが明らかにされています。それを簡単に説明すると次のようになります。

まず霊界側に、他界後あまり時間の経っていない霊がいます。この霊は、いまだ地上的波動を多く残しているため地上の物質と感応しやすくなっています。一方、地上世界側には「霊媒体質者」がいます。その霊媒体質者の身体からは、地上と霊界の中間物質(エクトプラズム)が放出されています。霊界にいる霊がこの中間物質に霊的エネルギーを用いて細工を施し、地上に働きかける手段をつくり出します。その結果、地上の人間に音(ラップ)が送られるようになるのです。

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